1993年に プレッシャーを感じながら 結婚した。

彼女には親戚が多く 正直そっちの方がプレッシャーだった。

食わせなくては いけない。 そのうち子供も できるだろうし・・・。



私にとっては 結婚=結婚披露ライブであった。

結婚するなら 結婚式はやらなくても 結婚披露ライブだけは 絶対にやりたかった。

過去に友人達の結婚披露ライブは2度経験しており,ものすごく楽しいパーティーだった。

もちろん 自分の時は 来てくれた人を含め もっと楽しい企画構成が出来ると確信していた。

仲間から 司会者(プロ)をたて いくつかの仲間達に演奏をしてもらい(もちろん自分もプレイした)

彼女の友人達からも タレント,歌手,ダンサー等 凄腕の人達に出演してもらった。

結果的にも 大成功。  涙を流す人までいた。

出演者も全員ノーギャラの上, 会費まで頂いた。  皆さん その節は ありがとうございました。

これが 我々夫婦が一番輝いていられた瞬間であったと思う。



日本はバブルの崩壊を迎えていた。

これは ミュージシャンにとっても 大きな問題であった。

ホテルで行われる ディナーショーのスポンサーは ほとんどが 企業であった。

1部のステージでは経済学者の講演, その後立食パーティー。

2部で歌謡ショーである。

企業は 経費削減に出る。 1番に社員の福利厚生費のカットだ。

この事により 私は音楽の仕事を失った。



ミュージシャンの友人達に 声を掛けまくっていた。  仕事有ったら紹介してねっ。

ある友人が 電話をくれた。

演歌のスーパー大御所の レギュラーの仕事である。


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