次に始めたアルバイトは 鉄工所。 大きな機械やメーターなどが入る 箱を作っていた。
シャーリング,ベンダー,セットプレス・・・色々覚えた。
しかし現在 何よりも役に立っているのが ディスクサンダーの扱いである。
削る事。 しかし 半端ではない。 私がやると 平らでツルツルになる。
音楽の仕事が忙しくなり しばらくやめた。
このときの仕事は 今では超有名になったシンガーソングライターのバンドリーダーだった。
彼女は はっきり言って 天才! 後にも先にも ここまでの人には 出会わなかった。
ずいぶん 恐れ多い事を していたものだと思う。
何せ私がそれらの曲のアレンジまで やっていたのだから。
しかし残念ながら数ヶ月でまた バイトに復帰してしまったが。
程なく ミュージシャンの先輩から ペンキ屋のバイトをしないかの お誘いを受けた。
経験があるのと 今までで 一番手間賃が良かったので やってみることにした。
現場は ほとんどが野丁場である。 清水建設,真柄建設,竹中工務店・・・・。
大半は清水建設だったと思う。
この頃は 建築バブルと言われ 一般的に言われるバブル崩壊より 2年ほど後まで続いた。
職人が少なかったのであろう どの現場も私が現場代理人だった。
現場を知る私だけが 子分を何人も連れてくる親方衆に指示できた。
たぶん その数は300人を超えるであろう。 幾人もの職人さんを見た。
そして 彼らのする作業をほんの少し見るだけで 技量が分かるようになった。
しかし 私に余裕はなかった。
いじめられたのである。
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