1995年1月、吹き付けの10棟は建売住宅であった。
加藤さんはA工務店の下請けとして仕事をしていた。
詳しくは建売住宅の不動産屋→設計事務所→A工務店→加藤さん。
駆け出しの私は単価もろくに知らず支払いのすべては加藤さん任せであった。
現場では食事の時間も忘れ作業に没頭していた。
後が無いプレッシャーと一つのミスが仕事を失うリスクをはらんでいた。
もう一つのリスクもあった。
この時点ですでに職人を雇っていたのだ。
ミュージシャン時代の後輩A。
過去に塗装業界というか職人にいなることを勧めた。
彼は私が裏切られた吹き付け屋に紹介し雇われていた。
私がやめた後、彼はいじめにあって仕事をやめた。
後になってそれを知った私は単純に作業量を増やすために雇っていたのだ。
手間賃も折半すればなんとかなると。
額面上は私が彼より3千円〜5千円くらい多くしていたが諸経費を差し引くと
彼の方が私より所得が多かったのは後になって解った。
数日後の1月17日朝、現場へ向かう車の中で地震のニュースを聞いた。
実家のある兵庫県、阪神淡路大震災である。
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