1995年(平成7年)、この頃の私はとにかく仕事が欲しかった。

仕事は切れていた。 時間があるのが苦痛で空しくお酒に走った。

前年の9月に長女が産まれ妻も大変な苦労をしたと思う。

考える余裕すら無かった。

ただがむしゃらに働かなければ食べていけないのだけは分かっていた。

仕事量を増やすしかないと思っていただけ。

やったことも無い営業をもした。

運が良かったのだろう 決して質は良くないが2件のお客ができた。

と同時に近所の同業者と仲良くなり互いに行ったり来たり 仕事をシェアするようになった。

現在の職人、庄村が来たのはこの頃である。



近所の同業者は多忙であった。

一人でやっているにもかかわらず取引先を3件と小口を2〜3件持っており 

その全てが稼動していた。

しかし彼は家庭の事情で遠くへ引っ越すことになり 

3件ほか全てのの顧客を私に引き継ぐと言ってきた。





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